2012年10月19日金曜日

社会常識ってなんですか?


来週月曜日の昼間に会社面接が決まりました
元々は第一志望だった会社です
わずか5日で今の会社を去ることになりました
今後面接がいつ何時にあるかわかりませんので
今の会社を辞めることにしました
理由はどうであれ
5日間だけしか仕事が続かなかったことは恥ずかしい事だ

試用期間中でいつでも辞められる身とはいえ
会社に筋を通してから辞めなければならない
ぼくは正直に会社の上司に話しました
「第一志望の会社から面接をしたいと連絡がありました。
来週から面接になりますので仕事を辞めさせてください。」
思いのほか上司の怒りを買ってしまいました
「あんた、社会常識が無いね」と言われてしまいました
大激怒です
「会社を簡単に辞める奴は社会常識が無い」
「仕事が続かなくて自立できない奴は社会常識が無い」
本当に怖かった
「うちの会社をナメんじゃねぇぞ!」とまで言われてしまった
ぼくは恐怖で震える足で会社をあとにしました
さようならブラック会社
ぼくは二度と来ない

帰りの車の中で少しずつ怒りが込み上げてきた
「入社したら自己都合で辞めてはいけない」
「試用期間中であっても辞める2週間前に退職願いを出さなければならない」
そのようなことは労働契約書には書かれていません
ぼくは何も労働契約に違反する行為はしていないのです
法律にも違反していないぼくに社会常識が無いのでしょうか?
会社に筋を通して正直に話してから辞めたぼくに社会常識が無いのでしょうか?
そもそも社会常識ってなんだろう?
仕事が長続きせずに自立できない人は社会常識が無いだと??
それはおまえの覚悟だろ
おまえの覚悟を人に押し付けるなよ
これを書いている今も怒りが治まりません

話が飛躍するけれど
イエス・キリストの教え
「隣人を愛しなさい、他人を慈しみなさい」
これも最初はイエス・キリスト自身の覚悟を言っただけのことだったと思います
信者が増えて聖書が作られて
やがて中世ヨーロッパの常識になった

「仕事が長続きせずに自立できない人は社会常識が無い」
ぼくは
それは個人の覚悟を言っただけのものだと思っています
まるでイエスの教えがキリスト教として西洋で広まったように
個人の覚悟が組織の常識になりやがて日本の常識になってしまった
実に残念なことです

ぼくが理想とする社会は
他人の生活を壊さずに人それぞれの個性を尊重する社会です
これは日本国憲法にも明記されていることです
心の弱い人もおとなしい人も仕事が遅い人も
皆が楽しく平等に働いて暮らしていける社会
それを希求して理想を追いかける者こそ社会常識がある人です
ぼくはそう思うのです
ぼくに言わせれば
パワハラや新人イビリをする人たちのほうが余程社会常識が無いと思います

今日書いたことはぼくの屁理屈なのかもしれない
社会常識という言葉を聞くたびに
ぼくは他人と違うということを思い知って孤独を感じてしまう
でももう迷いはない
ぼくはぼくらしく生きていくことに決めた
あんな言葉にぼくは傷ついたり屈したりしない
そんな暇も無い
コスモスが咲き乱れる中
野に静かに咲く名の知れぬ花のように
ぼくはひとりでも生きていきます



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