2012年7月6日金曜日

失踪歴あります


今日は工場をサボった
ぼくなんかいなくても仕事はまわる
実際今の工場では突発で休む人が多いけれど誰かが穴埋めをしてくれる
200人以上工員がいる工場だから代わりの人はいくらでもいるのだ
欠勤明けに遅ればせながらの欠勤届けを提出するだけでいい
朝は班長から恨み言を言われるが半日もすればみんな忘れてくれる
大きな工場で良かった
工場の規模によって責任の負担が違うから
小さな工場ではズル休みなんてできなかっただろう

ぼくは20代の後半に不動産関係の個人事務所に勤務していたことがある
ここでは平日に休むことができなかった
顧客第一の仕事だった
事務所対顧客の仕事だったから休めば多くの人に迷惑がかかった
当時のスケジュール帳を見ると1週間先まで
出張の予定でいっぱいでボールペンでみっちりと書かれている
癇癪持ちの所長の暴言のおかげでぼくは精神をおかしくしていた
鬱病だったのかもしれない
人と話せない
人づきあいがまったくできない
対人関係に難があるぼくは所長から「馬鹿」とよく怒鳴られた
「おまえ何歳になったんだよ」
「おまえそれでも大学出ているのかよ」
今で言うところのパワハラだ
(ぼくの人生だ)
(これ以上ぼくの人生のあげ足をとらないでください)
ぼくは毎日自殺したいと思っていた
何もかも嫌になった 死にたい この世から消えてしまいたい 
何度も何度も人間関係で転職に失敗してもう先がないと思っていた
今度就職に失敗したら死のうと思っていたし本気で計画もしていた
日曜日になると死に場所を探してドライブした
マイカーには首吊り用のロープがのせてある
田舎の人通りが無い公園や森林の中を探索した
枝ぶりのいい大木を見つけると理解者に出会えたような気がしてほっとして
大木をなでてあげた



1994年の猛暑
暑さは人を狂わせる
何日も続いた猛暑のせいでぼくは心身ともに衰弱していたのだろう
朝からだるかったぼくは歩いて自宅を出ると事務所に向かわず失踪した
死に場所を探してひたすら歩いた
下を向いて虚ろに歩いていたせいだろうかその後のことはよくおぼえていない
対人恐怖症で視線が恐かったので昼間はひたすら歩き続けることで視線を避けた
夜は誰もいないゲートボール場の小屋の中で蚊に刺されながら地べたに寝た
履いていた靴がすぐにボロボロになるから何度も買って履き替えた
夏から秋になったので衣類を買い替えた
食事はコンビニか牛丼店か温泉センターで食べた
いつのまにか
死にたいという気持ちが薄れ
気楽な失踪生活に身を任せるようになってしまった
あんなに汚いと嫌っていたホームレスにぼくはなっていたのだ
財布を持って自宅を出ていたためだろうか
所持金が無ければ自殺していたかもしれない

貯金を使い果たしたので銀行の預金カードは川に投げ捨てた
冬の寒さに耐えきれず歩いて自宅に帰ったのは翌年の1月だった
事務所には何の連絡もせずにそのまま辞めてしまった
失踪したことで多くの人に迷惑をかけてしまった
ぼくは失踪も自殺もできない半端ものだ
このできごとがあってからぼくは死ぬことをあきらめた

ぼくに自殺は無理なのだ
その後の人生も仕事は安定せずより酷い状況になっている
あいかわらずのひきこもりサイクルが続いている
「生きていれば必ずいいことがあるから生きろ」という人がいるが
ぼくの45年間の経験ではこの意見は正しくないと思うから心に響かない
ぼくは「おまえに自殺は無理だから生きろ」と自分に言い聞かせるようにしている
考え方は違えども結果は同じだ

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