2012年6月27日水曜日

セレモニー恐怖症


お金のことで両親と話し合う
いつも最後は口げんかで終わるパターンの家族会議だ
生活が苦しい
ぼくがひきこもってばかりで収入が少ないこと
両親がもらっている年金が国民年金の基礎年金だけということが
ぼくたちの生活を苦しくしている
生活保護制度の最低生活費用に届かないぶんだけでも支給してもらえないかと
役所の福祉課に相談してみてはどうかと母を説得したが
「近所や兄弟に知られては困る」と言って嫌がっている
頑固で不器用で見栄っぱり
さすがぼくの親だ
ぼくと同じで現状を把握しようとしない

くだらない話をひとつ

両親にはできるだけ長生きしてほしいと思っている
両親が好きなこともあるが
父と母の葬儀には誰も弔問に来なくなるくらいに長生きしてほしいのだ
困ったことにぼくの両親は親戚縁者がたくさんいる上に人づきあいが多いのだ
みんなの手前大きな葬儀になることは避けられない
ぼくは長男だから親の葬儀をとり仕切らなければならない
御通夜では弔問客ひとりひとりに挨拶をしたり
葬式では遺族代表として大勢の客の前でスピーチをしたり
想像しただけで身の毛のよだつイベントが待っている
ぼくが未婚でちゃんと定職に就いていないことも頭を悩ませる理由だ
嫁がいないというのは親戚たちの手前かなりヤバイ状況に追い込まれるだろう
親の葬儀では嫁の力が大きいものだ
嫁ももらえない出来損ない・・・
ぼくはひとりであたふたしてみんなから白い眼で見られるだろう
ぼく関係の花輪は無いし
ぼく関係の弔問客が誰も来ないことも恥ずかしい
存在を消そうと人づきあいから散々逃げ回ってきた罰なのだろう
あと20年も両親に長生きしてもらえれば
ふたりの兄弟も親戚も友達も知合いもバタバタと先に逝ってくれる
ぼくが望む誰も来ない静かで短い葬儀になってくれるだろう
そのまえにぼくが先に逝ってしまうかな
親の死に目にまで人の目を気にするとは最高にくだらない話だ
でもぼくは真剣に悩んでいたりする
それとぼくの葬儀は惨めなものになるがそれはぼくには関係ないことだ
幸い死んでいるから

最近始めた仕事を続けて給料が入って生活が落ち着いてきたら
旅行は無理だけれど両親を外食に連れて行きたい
昔のようにお金はぼくが出そう
あの充実感をもういちど

1 件のコメント:

  1. 葬儀や結婚式に対する恐怖心、私もほとんど同じことを考えています。今のところはそうした機会がありませんが。

    返信削除

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。